GIFT SHOULD NOT STAY IN THE BOX

才能を埋もれさせてはいけない

 “すでにみたものでなく、すでに繰り返されたことでなく、新しく発見すること、前に向かっていること、自由で心躍ること”
クリエイションに関わるとき、自由に、思いのたけを表現できる人間は、どれだけいるだろう?日本を代表するファッションブランド「COMME des GARÇONS」のかつてのダイレクトメールには、軽やかでありながら重厚なメッセージが綴られている。ブランドの創始者であり、オーナーデザイナーである川久保玲は、約40年前のパリに驚きと困惑、そして新しい議論を与えた。

COMME des GARÇONSとは何か?後年、「黒の衝撃」と称される川久保のパリデビューは、ボディコンシャスで色彩に富み、華やかであったそれまでのプレタポルテのデザインとは真逆のスタンスを貫いた。黒く、ゆったりとしたシルエット、そして、ボロ布をあてたようなディテール。ヒロシマルックとも呼ばれたデザインには、アシンメトリーやかつてない素材の組み合わせが施され、これまで西洋文化が育んだ調和の美を解体する脱構築的手法がうかがえる。それはシンメトリーで調和的な完全性からの脱却であり、パーフェクトの中にあえて不完全な要素を足して崩すという、日本古来からの美意識に共通するといえなくもない。同時期にパリデビューした「Yohji Yamamoto」とともに、プレタポルテに旋風を巻き起こしたこの新しい価値観は、その後、世界から注目される日本のファッションカルチャーの礎を築くこととなる。
 
そもそも、COMME des GARÇONSやYohji Yamamotoのようなクリエイションは、いかにして生まれたのか?そのヒントは、伝統的な日本の美意識とその後の日本のファッションシーンやカルチャーから読み解くことができる。90年代以降の日本のファッションシーンからは、先に述べた“崩しの美学”が、より身近になった。例えば、女子高生。制服にルーズソックスを合わせ、肌を焼き、デコラティブなメイクを施す姿は、本来の女子高生のスタイルを崩し、別の新たなスタイルへ変換していると見えなくもない。2000年代以降は、特にリアルクローズにおいて崩しのテクニックが追求され、2010年代には”ぬけ感“という、着こなしのどこかに不完全さをあえて備えるスタイルが定着した。さらにいえば、「ゆるキャラ」に見るような”ゆるさ“や、”下手うま“などといった概念も、一種の不完全性に共通するかもしれない。また伝統的な芸術でいえば、水墨画の「破墨」、茶道の「わびさび」にも、共通する。均衡のとれた薄墨の下絵に荒々しく濃墨を重ねて描く崩しと、整った茶室に不揃いな茶碗を組み合わせる崩し。満月よりも、欠けている月にこそ風情を感じる日本の美意識の根底には、「不完全の美」があるのだろう。こういった日本の文化背景から、川久保玲や山本耀司のようなクリエイターが生まれるのは、ごく自然だといえる。さらにいえば、クリエイターの持つこのような脱構築的な視点は、ソーシャルなコミュニケーションが主流となった現在において、各々のクリエイティビティを発揮しやすくなったともいえる。インターネットやソーシャルメディアの情報から着想を得たアイデアに、崩しを入れ、別のものとして創り変える。その成果物をまたソーシャルメディアに放つ。このサイクルは永遠に途切れることはないだろう。だが、モードの現場では、川久保玲や山本耀司以降の際立ったクリエイターが存在しないというのも事実である。
 
日本でファッションデザイナーになるというのは、まだまだ狭き門だ。ファッションデザインに特化した教育機関も、独立後のファッションビジネスにおける知見を養える場所も少ない。アパレル企業や各メゾンのインターン制度も充分とはいえず、官民がそれぞれ設置するファッションアワードも、近年増えてきてはいるが、そう多くはない。その反面、時代は“個の力”へ舵を切っている。ソーシャルメディアの台頭、セルフブランディングの一般化、フリーランスや副業という働き方。より、“個”が生き、あらゆる意味でインタラクティブなコミュニケーションが実現する時代なのだ。教育や企業、コンペティションなど、体制側の整備を待つのはもったいない。今あるものを崩して、別のものにつくり替え、そこに新しい意味を与える。日本人の美意識にこそ、現状を変える糸口があるはずだ。「すでにみたものでなく、すでに繰り返されたことでなく、新しく発見すること、前に向かっていること、自由で心躍ること」。冒頭の川久保の言葉には、“すべて”が含まれている。