SAVE THE LUNGS
中央アジアにおける大気汚染と子供の呼吸数
今年4月にCNNが伝えたところによれば、世界の大気の状況について調べた国際機関の報告書(通称SoGA)によれば、大気汚染は世界の主要な死因の第5位を占め、アルコールや栄養不足、それに薬物よりも上位であるという。汚染が特に深刻な南アジアでは人々の寿命がおよそ30ヶ月、世界全体でも20ヶ月近く縮んでいると考えられるそうだ。ここで言う寿命とは、もちろん平均寿命を基準にしてのことであるが、しかしそうなると、もともと南アジアでは幼児死亡率が高かったという事実がどこまで正確に統計に反映されているのか、いささか疑問が残る。経済問題や環境問題では特にそうだが、権威ある学術団体の統計でも、「数式には合っているが、果たして現実はその通りなのか?」と言いたくなるようなものが多いのである。とは言うものの、現在の第三世界、とりわけ南アジアが、深刻な大気汚染に直面していることは事実だし、常識的に考えて汚れた空気が健康によいはずはないので、こうした国々で人々の寿命が短くなってしまっていること自体はなんの不思議もない。
その原因だが、究極的には「日米欧などから公害が輸出された」面が大きいと言っても過言ではないだろう。高度経済成長期の日本では、大気汚染や工場排水による水質汚染は全国的に深刻な問題であった。4大公害病と言われた水俣病(熊本県)、第二水俣病(新潟県、「新潟水俣病」とも呼ばれた)、イタイイタイ病(富山県)、四日市ぜんそく(三重県)が特に有名だ。世界に目を向けると、英国ロンドンでは1952年に大気汚染による公害が発生し、「霧の都は,本当は〈スモッグの都〉であった」などと騒がれた。かの国では産業革命期以来、発電から家庭用の暖房・調理にまで石炭が大量に使われていたことが主たる原因とされ、呼吸器系の病気や心臓疾患など公害病と考え得る死因で亡くなった人は、この年だけで1万2000人を超えたという。韓国では1980年代に、重度の神経痛や、ひどい時は全身麻痺に至るという「温山病」という奇病が発生している。こちらは原因不明とされたが、温山工業団地と呼ばれる非鉄金属の精錬や石油の精製を行う工場が密集した地域の周辺で発生したことから、なんらかの有害物質による公害病に違いないと考えられている。当時は、環境衛生学が未発達であったという事情もあるにせよ、この国でも生産力を増大させて経済を押し上げることが至上命題で、環境対策などまともに考えられていなかった。その結果、煤煙も汚染水も垂れ流しだったのである。そして20世紀の終わり頃から、企業は生産拠点をどんどんアジアに移転しはじめた。一例を挙げれば、日米欧の若者にとって必須アイテムとも呼べるadidasやGAPの服は、今や大半がカンボジアやバングラデシュで製造されている。これは主として地代や人件費の問題であって、環境問題が直接的な理由ではない。言い換えれば、公害の輸出は意図的なものではない。
とは言え、前述の4大公害病に象徴されるような、環境汚染の悲劇を経験してきた諸国の企業が、南アジアなどに工場を建設する際にしては、煤煙や工場排水、それにいわゆる産業廃棄物などの問題にまったく無頓着であったことは事実だ。もちろん、工場を誘致した第三世界の国々に問題がなかったのかと言われれば、それも違う。ただ、たとえば化石燃料を燃やして電力を得ようとした場合、発電所の煙突に煤煙から有害物質を除去する装置を取りつけるには膨大な費用がかかり、そのコストは電気代、ひいては工場の製造コストに転化され、結果的にそれらの国々の経済成長や雇用の創出にとって足かせになってしまったであろう、ということは指摘しておきたい。
生産設備だけではない。先進国の多くが、燃やすと有毒ガスを発するために自国では処理に困るプラスチックごみを、東南アジア諸国などに押しつけている。あろうことか、一部は「リサイクル原料」と称して。以上を要するに、第三世界の大気汚染を含む環境汚染の問題は、先進国にも責任があり、解決に向けて積極的に取り組むべきなのである。もちろん(遅れ馳せかも知れないとは言え)、すでに取り組みを始めた企業もある。コンビニ最大手のセブンイレブン、それにコーヒーチェーンのスターバックスは、ストローをプラスチック製から紙製に全面的に切り替えることにしている。宣伝効果を狙った面もあるかも知れないが。それでもよい。できることから始めるのが大事なので、このような企業努力はもっと誉められてよい。