TAKE IT BACK
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雨の雫に光る木の葉の夢を見る
2050 年4月15日
大気汚染度:危険
6:50
目覚める。
水道水を沸騰させ、一晩置いて除菌したもので顔を洗う。
新聞を読む。
今日の全世界の未知のウイルス感染者は95,671,902 人。
7:20
母は今朝もVRで美しい自然を夢見ている。
ドローンで家に届く配給食を食べる。美味しくはないが、これを食べてさえいれば死ぬことはない。
24時間は空腹も感じない。
大気汚染が進んで、人間が家から出ずに生活するようになって久しい。
8:00
ランニングに出かける。
肌がピリピリしている。
極度の乾燥と、化学物質の浮遊。
外には人っ子一人いない。
もちろん、運動のために外に出ているのは私だけ。
雨は酸性、土にも有害物質、大気には無数のウイルスが飛んでいるのだから、それが当然だ。
それでも私は走る。
自分の足で走ることに意味があると思うから。
ナイキのマスクなら、ランニングしても即座に肺が腐敗することもない。
8:30
耳鳴りがしてくる。
爪からも血が出ている。
スマートウォッチは、今すぐ帰るように促している。
それでもこの時間、一瞬だけ、この丘から、定期運行ドローンが雲を割って、青空を見ることができる。
一瞬の、一筋の青空を見るためだけに、私はおそらく寿命を縮めている。
今から30年も遡れば、人は曇りの日は自然の雲を、晴れの日は降り注ぐ太陽と青空を、享受していたらしい。
今年25歳になるわたしには、それはまるで夢のような話に聞こえる。日本では水道水も飲むことができたと母は言うけれど、それはおそらく嘘だろう。
もしそんな時代に1日でも暮らすことができるなら、私はどんな努力でもするだろう。
考えても仕方ないけれど、そんなことを思わずにはいられない。
私は帰宅し、その日の仕事を終え、泥のように眠る。
雨の雫に光る木の葉の夢を見る。
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2016年時点で、年間650万人が大気汚染のために死亡。
*IEAによる
2018年時点で、世界人口の約9割が汚染された大気の中で暮らす。
*WHOによる
